弓状の岬がどうしてできたかは定かではありません。ただ戸田港は村の東にある達磨山の爆裂火口の跡といわれています。
ところで村には御浜岬の歴史を垣間見させてくれる次のような逸話が残っています。
安政5年と言いますから今から130年以上前の幕末、幕府の役人が戸田村の御浜の調査にやって来て、岬が官地か村有地かで、役人と村側の代表者が大変もめたそうです。
役人は 「証拠となる文書がなければ認められぬ」と村人の申し出を却下、台帳に”官地”と記し、立ち去ってしまいます。
村人たちは一計を案じ、正長元年(1428年)大暴風のため、御浜弁天様の神殿が倒壊した際、村民総出で防風のために松1000本、楠1000本を運び植えつけたという言い伝えを古紙に記し、役人を追い、提出しました。
役人は「確かに御浜の松、楠は一丈五尺あまりの大木で、この古文書のごとく400年以上の時を経ている」と台帳を訂正しました。
村民は皆、代表者の機知と胆力を喜び、岬の帰村を酒樽のかがみを抜いて祝ったそうです。
このことからも、村の人々が古くから御浜の岬を大切にしていることがうかがえますね。
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